肯綮に中る
こうけいにあたる
俺は、強くなんかない。
「流石沖田隊長!」
「沖田さんっスゲー!」
驚嘆・賛辞そんなモンくそくらえだ。
ひらすら切り進む背中にどんな褒め言葉をもらっても、嬉しくなんてない。
たった独りが発する言葉に比べたら、あの人がくれる微笑に比べたら。
どんな偉業も覇業もただ、あの人のためだけに。
頭に浮かぶ人のいい、優しい笑顔を守るために。
「止めろ、総梧」
思考を遮る黒い男。さっきから誰も俺の行く手を阻んだり出来なかったのに。
立ちふさがるのはいつもこの男。腹が立つ。
あんたはやっぱり俺と違う。
「どきなせぇ」
「とまれっつってんだよ」
「っざっけんな!」
副長と1番隊隊長が本気で睨み合ってるのを見て、さっきまで俺にへいこらついて
きていた平隊員達がびびって後ずさる。
そんな事はお構いなしに俺は兼光に手をかける。
「あんたをぶった切ってでも俺は行く」
「あー、ちったぁ落ち着け」
がし、と鞘ごと手を掴まれる。クセを読まれてるせいか手が動かない。
「こんの、馬鹿力が!」
ぎりぎりと歯軋りしながらそのまま振り切ろうと力を入れる為に足場をつくる。
「総梧」
耳元で囁く声など聞いてやらない。
「うるせぇ!」
誰が、説得などされるものか。
近藤さんが捕り物で怪我をした。
それを聞いた瞬間目の前が真っ赤になって、あとは夢中だった。
「あいつら、ぜってぇ許さねぇ」
「総梧」
思いの外柔らかな声が耳に届いてゾクリとした。
「今は逃がして泳がせろ。殺すのはその後だ」
近くにいた他の隊士の誰にも聞こえないようにその黒い男は囁いた。
ギ、と悪人顔を睨み上げる。
何事もなかったような外面の仮面の下を覗き込もうとしたが、それは既に綺麗に
隠されていて何もわからない。
「…アンタ性悪ですねィ」
「とっくに知ってらぁ」
ふ、と口元だけで緩く笑った気配がして、ゆっくり腕が離される。
周りでひやひやしながら見ていた隊士達の空気が緩む。
「仕方ねぇ、今回は譲ってやりまさァ」
刀から手を離し、もう用はないと踵を返す。
せいぜい暴れまわれるように今から裏工作でも何でもするといい。
アイツらは人の大事なモン傷つけたんだ、命で償え。
「総梧〜、お疲れさん」
「近藤さん!」
向こうで元気に手を振っている姿が見える。
顔に貼られた絆創膏はきっと漢の勲章とか言い出すんだろうな。
先程の悪巧みは誰かのように綺麗に隠して近藤さんの所へ走り出した。